だいえい
● 経営史年表
- 1936(昭和11)年11月
永田 雅一(大映、フジテレビ) 30歳 第一映画社 廃業、経営不振の新興キネマに入社、京都撮影所長 就任、再生を果たす - 1942(昭和17)年1月10日
永田 雅一(大映、フジテレビ) 36歳 戦時統制による映画会社統合における東宝・松竹の2ブロック誕生の動きの中で、第三勢力となる 大日本映画(後に大映) 設立(日活の製作部・新興キネマ・大都映画が合併)に成功、専務就任 - 1942(昭和17)年10月10日
永田 雅一(大映、フジテレビ) 36歳 大日本映画(後に大映) 設立における贈賄容疑で50日間の勾留、後に無罪が判明する - 1943(昭和18)年3月25日
永田 雅一(大映、フジテレビ) 37歳 大日本映画(後に大映) 設立における贈賄嫌疑発生の原因は映画業界からの反発にあるとし経営陣を一新、社長に菊池 寛(文藝春秋)を迎える、専務就任 - 1947(昭和22)年
永田 雅一(大映、フジテレビ) 40-41歳 大映 社長就任、『羅生門』(黒澤明監督、1951年ヴェネチア国際映画祭グランプリ受賞)ほか 『雨月物語』・『地獄門』・『山椒太夫』など世界で名を馳せた日本映画を数多く手掛ける - 1957(昭和32)年11月18日
永田 雅一(大映、フジテレビ) 51歳 文化放送・ニッポン放送を主体とし、東宝・松竹と共に、富士テレビジョン(後にフジテレビジョン) 設立 - 1971(昭和46)年
永田 雅一(大映、フジテレビ) 64-65歳 大映の経営再建に専念するため、プロ野球チーム・大毎オリオンズ を ロッテ へ譲渡 - 1971(昭和46)年12月23日
永田 雅一(大映、フジテレビ) 65歳 大映 経営破綻
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