ますだ たかし
1848(嘉永1)年10月17日~1938(昭和13)年12月28日 新潟県出身 ヘボン塾(後に明治学院大学)に学ぶ
三井物産創業者、三池炭鉱社(後に三井鉱山)設立、台湾製糖(後に台糖)設立、三井合名会社顧問、大蔵省官僚
三井物産を総合商社に育て上げ、三池炭鉱と共に三井財閥の事業基盤を築き上げた大番頭
号を「鈍翁」とし、「近代の三茶人」の一人に数えられる
- 1848(嘉永1)年10月17日
新潟県佐渡・相川に益田鷹之助、らくの長男として生まれる - 1861(文久1)年
12-13歳 麻布善福寺のアメリカ公使館に勤務 - 1863(文久3)年
14-15歳 遣欧使節団に加わる - 1868(明治1)年
19-20歳 王政復古、幕府軍の騎兵頭に - 1871(明治4)年
22-23歳 アメリカの大手商社ウオールシ・ホール商会 入社 - 1872(明治5)年
23-24歳 井上馨 の勧めにより 大蔵省 入省 - 1873(明治6)年
24-25歳 大蔵省 退官、井上馨 と 千秋社(後に先収会社)設立、副社長 就任 - 1876(明治9)年
27歳 千秋社(後に先収会社、三井物産)解散 - 1876(明治9)年7月1日
27歳 三井家の支援を得て 三井物産 設立、社長就任、三井財閥の中核企業に - 1876(明治9)年12月2日
27歳 『中外物価新報』 (後に中外商業新報、日本経済新聞) 創刊 - 1888(明治21)年
39歳 工部省から三池炭鉱の払下げを受け、三池炭鉱社(後に三井鉱山) 設立、団琢磨(三井合名理事長、三井鉱山、教員、官僚) を事務所長に、三井財閥発展の布石となる - 1892(明治25)年
43-44歳 三井物産 社長退任 - 1900(明治33)年
51-52歳 台湾製糖(後に台糖) 設立 - 1902(明治35)年
53-54歳 三井家同族会管理部 専務理事就任 - 1909(明治42)年
60-61歳 三井家の株式会社化及び資本・経営の分離を主張、三井合名会社 設立、顧問となり大番頭役を果たす - 1914(大正3)年8月
65-66歳 三井合名会社 相談役就任、理事長後任を 団琢磨(三井合名理事長、三井鉱山、教員、官僚) に - 1938(昭和13)年12月28日
90歳 「空より出でて、空に還る、喝」と自ら大声で引導を渡した後、逝去
参考文献
無から始めた男たち - 20世紀日本の経済人セレクション 日本経済新聞社 2003.5
経営に大義あり - 日本を創った企業家たち 日本経済新聞社 2006.5