えど ひでお
1903(明治36)年7月17日~1991(平成3)年11月13日 茨城県出身 東京帝国大学(後に東京大学)法学部英法科卒業
三井不動産社長
日本の超高層都市開発を先導、財閥解体により霧散した三井グループの再結集に尽力
- 1903(明治36)年7月17日
茨城県筑波郡作岡村(現・筑波町)に農業・江戸茂一郎、ゆきの五男として生まれる - 1927(昭和2)年3月
23歳 東京帝国大学(後に東京大学)法学部英法科 卒業、三井合名会社 入社、不動産課(後に三井不動産) 配属 - 1947(昭和22)年
43-44歳 財閥解体後の三井本社にて清算人の仕事に従事、三井不動産 からの勧めにより、三井不動産 転籍 - 1955(昭和30)年11月
52歳 三井不動産 社長就任 - 1958(昭和33)年4月
54歳 土地を持たない三井不動産の社運を賭して、京葉臨海工業地帯埋立計画を着工、総合不動産会社としての地盤を固める (~1961年7月 完工) - 1968(昭和43)4月18日
64歳 日本最初の超高層ビル 『霞が関ビルディング』 竣工、三井不動産の名が一躍世間に知れ渡る - 1974(昭和49)年
70-71歳 三井不動産 社長退任、会長就任 - 1991(平成3)年11月13日
87歳 逝去
参考文献
私の履歴書 - 昭和の経営者群像(5) 日本経済新聞社 1992