みつなが ほしお
1866(慶応2)年9月4日~1945(昭和20)年2月20日 熊本県出身
電通創業者、政治家
日本の新聞通信界と広告界を築き上げ、「世界の電通」の礎を固める
- 1866(慶応2)年9月4日(旧暦)
熊本県八代郡野津村(現・氷川町)に生まれる - 1889(明治22)年
22-23歳 大阪朝日新聞会社(後に朝日新聞社) 入社、九州通信員となる、日清戦争では従軍記者として戦地へ - 1901(明治34)年7月1日
34歳 新聞社にニュースを供給する通信社を構想、通信事業単独採算は難しいため、経営基盤確立のために新聞社に広告を取り次ぐ 日本広告(後に電通) 設立、社長就任 - 1901(明治34)年11月
35歳 ニュース通信社 電報通信社 創業、日本広告 の通信部門として併設 - 1906(明治39)年12月27日
40歳 電報通信社 を改組、日本電報通信社(後に電通) 設立 - 1907(明治40)年
40-41歳 日本電報通信社(後に電通) と 日本広告 を合併、通信事業と広告事業を併営 - 1928(昭和3)年
61-62歳 「事業は人にあり」の決断より、幹部候補生として初の大卒採用となる東京帝国大学(後に東京大学)学生採用を実施、後に「広告の鬼」と称される電通中興の祖・吉田秀雄(電通、東京放送設立) を採用 - 1933(昭和8)年12月
67歳 貴族院勅選議員 選任 - 1936(昭和11)年6月1日
69歳 日本政府による国内の情報通信機関一元化の圧力により、日本電報通信(後に電通) の通信事業を同盟通信社(後に共同通信社、時事通信社)に移譲、広告専業となり再出発 - 1940(昭和11)年12月
74歳 日本電報通信社(後に電通) 社長退任 - 1945(昭和20)年2月20日
78歳 逝去
参考文献
われ広告の鬼とならん - 電通を世界企業にした男・吉田秀雄の生涯 舟越健之輔著 ポプラ社 2004.2